「お孫ちゃんたちへ」

おじいちゃんの介護をしている母から私たち姉弟といとこに連絡があった。


「もう、点滴を外そうかと話しています」

職場での昼休みにLINEを見ると、そう書いてあった。


その意味はよく分からなかった。


自然死を選ぶみたいな意味なのかな···?


仕事を終え、19:30からの知人との約束に向かおうとする前にLINEを見ると、

「声が出なくなって、でも ()のことはわかってニコっとしたりしてる」


などとレポートがきていた。


わたしは知人との約束をキャンセルして駅に向かった。


人の死が、こんなに身近に迫っていたことはなかった。



母から電話があり、「この前来てくれたとき話せたんだから、もういいよ... 申し訳なさすぎる。おじいちゃんは24時間もないかもしれないけど。来るならホテルとりなさい」とかなんとか言っていた。


死。


街を見渡せば、珍しいことではないのに。私にとってはほとんど初めての感覚だった。

人の数だけ死はあるのにも関わらず。



そんな状況なら早く言ってよ、点滴外すとかあんなLINEじゃ全然わかんないよ、と思いながらも、そういえば今日中に帰ってこれなくなることは考えてなかった、と思った。


乗り換え案内のアプリでは絶対出てこないルートで、最速でつく電車に乗って水戸に向かった。


それでも、おじいちゃんの元には結局15分もいれなかったのだ。



東京駅から特急で1時間半。水戸市内のある駅に着くと駅にはタクシーもおらず、畑道の中を走っておじいちゃんの元へ向かった。


道は暗く、たった一人で、メロスみたいな気分だった。


おじいちゃんは数ヶ月前、おばあちゃんが倒れて左半身が麻痺になったとき、毎日病院に行って、服とか新聞とか塗り絵とかを届けていた。


今ではすっかり立場が逆だ。


「あと10年、あと10年でいいから、晴代ちゃんと一緒にいたい」


みんなの前で、そう言っていた。


そのときは、おじいちゃんの方が先に、なんてたぶん誰も想像していなかった。


玄関には明かりがついていて、わたしはチャイムを鳴らしながら勝手に家に入った。



おじいちゃんは起きていた。 


すぐに駆け寄り手を握ると、びっくりするほど力強く握り返してきた。




食べ物を食べられなくなり、栄養が摂れていないせいか、細くなりすぎて骨ばったおじいちゃん。


「東京からお仕事のあと来たんだよ」と叔母さんが説明してくれる。



はっと驚くような顔をして私を見るおじいちゃん。


私の手に何かを書き始めた。


そう、もう声が出なくなってしまったのだ。


笑いながらも涙が... 



なにこれ、なにこれ、、


ありがとう、とか書いてるのだろうか?


やばい、おじいちゃんの最後の言葉が分からない、、、


ドラマじゃないんだから、後からなんて絶対わかんないんだぞ... と頭のどこかで考えて焦る。


おじいちゃんも意識ははっきりしているから、わかってない私の顔もわかってると思う。


ごめん、もどかしいよね、、、


... 



「ビ」


母が当てた。


カタカナだったのだ。


「びじん」。


さっきから「人」って書いてた.........


ニヤッと笑ってうなずくおじいちゃん。

どこまでも色っぽく笑わせてくる。



なんなんだ、、、気が抜けてみんな笑ってしまう。


その次に書いたのは

「クソジジイ」。


今度は叔母さんが当てた。



いやいやいや....... 


気が抜けるようなことばかり言って、全然感動的じゃない。



「よくわかったね」と言う私に、「よく言ってるからね」としれっと済ます叔母さん。



それからも、わたしの指を使って、自分の手に何か文字を書くおじいちゃん。


すごい長くて全然わかんなかった。

やばい、ごめん、わかんないよ。。


で、文章を新しく始めるときは黒板みたいに手で手をごしごししてまた書き始める。



「アシタノテンキ」(母訳) 


「明日は晴れだよ!もう暑いんだよ~」と母。



タクシーの時間が迫っていた。本当に、15分もいれてない。

もうちょっと残るべきか。残るべきだろう。

と、思っても、母たちが「もうおじいちゃんも疲れてるから」「寝るところだから」と追い返そうとする。

ゴメンね、また来るからね。


「行かなきゃ」

「またね」



またね、本当に、次来た時には意識がないのだろうか...? 



涙が止まらなくなってしまった。


おじいちゃんも目頭のところでちょっと泣いてたかもしれない。

でももうそんな水分もないみたいだ。

ずっと、手を離したくなかった。


じゃあね、またね、おやすみ、

いろんな言葉で、お別れしてきた。


誰も見ていなかったので、思い切って初めてのハグをした。ちょっとびっくりしたかな。



タクシーの中で一人になった途端、悲しみが溢れ出す。なんの悲しみなのか。まだ、死んでないのに。


本当に明日には意識がなくなっちゃうのだろうか?



「びじん」。

その言葉を思い出すと、みぞおちの奥にぎゅっとしわくちゃなくぼみができる。


こう書いて笑っていたおじいちゃんの顔を思い出せば、今度の大会もがんばれそうだ。


死んじゃうなんて嘘みたい。



おじいちゃんの「びじん」を、街中でふと思い出す。