詳しくはまた書こうと思うけど、

ミスユニバースに挑戦しています。


1番最初のベストパフォーマー賞で1位をとったのは良かったものの、

途中から自分の調子が悪くなって、

周囲の自分への興味が明らかに失われてしまったときから、

そして自分は1位になれないと思い込んでしまったときから、

それを跳ね除けることができず、

モチベーションが保てなくなってしまった。


人生で溜めてきた本当に弱いところが膿のように毎週さらけ出された。


「1位になれないかもしれない」と思っている子は、もっといる。

でも、その場をみんな、楽しんでいる。

ように見える。

もしくは、純粋にひたむきに努力し続けている。


わたしは純粋にその場を楽しむには、頭でっかちすぎるのかもしれない。

で、どんどん置いてかれつつあった。


中間審査でうまくできなくても、「悔しい」とすら思えなかった。

そこまで、いった。
 
ほぼほぼ辞める気だった。

でも、ギリギリのところで首をつないで、また自分を奮い立たせてレッスンに行った。

そこで、一度は「悔しい」が復活した。

正常に戻れた、と思った。

今でもその正常な悔しさは持っている。

できない自分に対して。


でももっと悔しいのは、意識高い言葉で毎週のように奮い立たせても奮い立たせてもしぼんでしまう自分だ。

だから、ミスユニバースの仲間以外はわたしがストイックに頑張ってると思ってる人もいる。

意識高いこと書いて、行動する前から行動する気が無くなってしまうようなわたしを。

そんな自分を、スーパーに買い物に行く道で、ふと「悔しい」と思った。

まぁ、そんなことなんども思ってるわけだけど。

でも、ふとみんなのインスタが浮かんだ。

中間審査後の、くみちゃんの涙が浮かんだ。

それでもくみちゃんは、ネガティブなことなんて一切SNSにあげなかった。 

素敵な笑顔の写真が、むしろ増えたんじゃないか。



自分に「悔しい」って思う資格なんてないな。

そう思った。


そして同時に、人ってこんな感情も持つんだ。と知った。


レベルをつけるとすると、悔しい、→ 悔しさすらない、→ 悔しさ度すら負ける。

 そんな感じ。

「悔しい」がいちばん誠実で崇高な姿だと、思います。