イギリスでの大学卒業を控え、逃避する現実もないのにギリシャに現実逃避してきました。





>>10行プロフィール+α

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村上春樹の「スプートニクの恋人」をご存知でしょうか。


'すみれ' と 'ミュウ' という女性が仕事でヨーロッパにでかけ、帰国を延長してギリシャの島でゆっくりしていると、すみれが(おそらく)ミュウのもう半分を求めてギリシャ音楽の中に吸い込まれてしまう。

語り手の 'ぼく' とすみれの、物理的でヘンセツ(変節)的かつ一方通行の恋が、とつぜん村上ワールドの向こう側へ消えてしまいます。


これを読んでどうしてギリシャまで行ってしまったのか。

そこで起こった「事件」が主人公たちにとって悩ましいことであったとしても、彼の文章を読んでいると共感性だかあこがれだかを呼び起こすのか、同じところで同じことをしたくなるんです。

ちょうどベネチアからの すみれ の手紙が、 ぼく に「同じものを食べたくなった」と言わせたように。


海の真っ白な海岸に寝転んで、美しい二対のおっぱいを太陽に向け、松ヤニ入りのワインを飲みながら、空を流れる雲をこころゆくまで眺めるのです。

スプートニクの恋人 (講談社文庫) [文庫]


絵に描いたような平和な休暇を、文字にしたようなシーンです。


そこでわたしもギリシャに行って海岸に寝転び、読書と書きものをし、レモンを絞った白身魚を食べ、アムステルビールを飲み、ギリシャ音楽を眺め、夜は人工衛星や星が流れるのを観てきました。


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わたしが行ってきたのは、アドリア海に浮かぶイオニア諸島最大のケファロニアという島です。 

「ノルウェイの森」は村上春樹さんがギリシャのミコノス島にこもって書き上げた小説らしいので、彼はギリシャ周辺には精通している日本人のひとりなのでしょう。

なので彼自身の頭の中ではモデルの島が頭にあるのかもしれませんが、「スプートニクの恋人」ではロードス島の近くという情報しかほとんど出てきません。





小説の語り手のフルネームすら出てこないことの多い村上作品ですから、島の名前はそんなに重要じゃないんでしょう。

物語の舞台としても、ギリシャという言葉自体がすみれの夢の中の象徴のような働きをもっているので、島の名前が出てこないことで、確実に存在するのに存在しないような、それこそ煙のようなイメージを作り出しています。

「スプートニク」の島のように、アテネからフェリーには乗らなくてはいけないほどではありませんでしたが、行きやすい島とはいい難く、ロンドンからでさえ週に2本しかフライトがありません。

そのためかアジア人はほとんど見かけませんでした。


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エキゾチックで記念碑的な冒頭文

わたしが村上春樹の「スプートニクの恋人」をご存知でしょうか?と聞いたとき、

「あぁ~あの竜巻のね」と思ったあなたはなかなかのハルキストかもしれません。


しかし、まだ読んだことのないあなたに偏見を与えないようにするならば、物語のなかで竜巻が起こったわけではありません。

それはただ、誰かの恋がはじまった音。

世界中のハルキストを惹きつけてやまない、この偉大な冒頭。


22歳の春にすみれは初めて恋に落ちた。

広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。

それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片っ端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。

そして勢いをひとつまみもゆるめることなく大洋を吹きわたり、アンコールワットを無慈悲に崩し、インドの森を気の毒な一群の虎ごと熱で焼きつくし、ペルシャの砂漠の砂嵐となってどこかのエキゾチックな城塞都市をまるごとひとつ砂に埋もれさせてしまった。

みごとに記念碑的な恋だった。

恋に落ちた相手はすみれより17歳年上で、結婚していた。

さらにつけ加えるなら、女性だった。

それがすべてのものごとが始まった場所であり、(ほとんど)すべてのものごとが終わった場所だった。

スプートニクの恋人 (講談社文庫) [文庫]


この冒頭のインパクトそのものが、竜巻のように激しく、エキゾチックで記念碑的。


そして22歳の春、初恋ではないこそすれ、わたしはそれこそ竜巻のような、ペルシャの砂漠の砂嵐のような恋をし、勢いでクロアチアに行ってしまったほどでした。

想いを馳せながら、この竜巻の描写が何度心に浮かんだことだろう。

ギリシャに行くころには、わたしの竜巻も煙になって遠くへ行ってしまったのだけれど。

仕方ないわよ、素敵なことはみんな終わるもの。(すみれ)


Sputnik


「スプートニクの恋人」への恋

「ノルウェイの森」にはまったときも、めったに観ない映画を観てみたりピスタチオを食べてみたり、スコット・フィッツジェラルドを読んでみたりしましたが、今回はギリシャまで行っていろんなことを試してしまいました。


(1)ジャック・ケルアック


最初にミュウに会ったとき、すみれはジャック・ケルアックの小説の話をした。当時彼女はケルアックの小説世界にのめりこんでいたのだ。彼女は定期的に文学的アイドルを取り替えたが、その時の相手はいささか「季節外れ」なケルアックだったということだ。
  

まずは図書館で 'すみれ' がポケットに突っ込んでいるジャック・ケルアックの小説「路上(On the Road)」を借りてみました。

4年間イギリスにいて、英語で小説を読む習慣がまったくつかなかったので、ジャック・ケルアックも机の上の飾りのまま返却期間を何度も更新された末、返却されました。


オン・ザ・ロード (河出文庫)
ジャック・ケルアック
河出書房新社
2010-06-04




本人が車で旅をしながらタイプライターに打っていった「オリジナルスクロール版」は、かなりフォトジェニックではあります。
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スクロール版 オン・ザ・ロード
ジャック・ケルアック
河出書房新社
2010-06-11




(2)ギリシャの海岸に寝転ぶ

さぁ、読めなかった本は日本で読むことにして、念願のギリシャです!


海の真っ白な海岸に寝転んで、美しい二対のおっぱいを太陽に向け、松ヤニ入りのワインを飲みながら、空を流れる雲をこころゆくまで眺めるのです。


ヨーロッパのビーチではときどきトップスレスの女の人も見かけます。

すみれとミュウも生まれたままの姿で泳いだり浜に寝転んだりしている様子でしたが、わたしは、そこまではできませんでした… 残念ながら。

松ヤニ入りのワインの描写があったことも忘れていたし、空には雲なんて1ミリも流れていませんでした。

でも、パラソルの下で書き物をしたりアイスコーヒーを飲んだりと、控えめに言っても理想的な生活でした。


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(3)レモンを絞った白身魚


大きな鉢に盛られたギリシャ風サラダと、グリルした大ぶりの白身の魚が運ばれてきた。彼女は魚に塩を振り、レモンを半分絞ってかけ、オリーブオイルをたらした。ぼくもそれにならった。ぼくらはだいたいにおいて食べることに意識を集中した。

スプートニクの恋人 (講談社文庫) [文庫]

唯一、ギリシャにいってみてイメージと違ったものが
白身魚です。

どーん。

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イギリスでは皮や目玉のついたお魚はほとんど食べられないので、美味しくいただきました。


(4)アムステルビール

ミュウがブランデーを飲みながら、自身のドッペルゲンガーを見てしまった経験について語る傍ら、'ぼく' が飲んでいるのはアムステルビール

村上作品には、飲み物や音楽、小説や歴史に関する固有名詞はかなり出てきますよね。

それがミーハーのあこがれを呼ぶのでしょう。

ギリシャの島の名前は謎に包まれているのに…。


なぜかそのビールの名前が印象に残っていて、見つけたときには友人の勧めもあり迷わず購入。

空港に向かう30分前にビーチを眺めながら最後の一杯をやりました。

ギリシャに来るとのんびりになるんだろうか。

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(5)ギリシャ音楽

文化として浸透しているのか、観光客のためなのか、レストランに入るとよくギリシャ音楽のライブ演奏や踊りをみることができました。

わたしが初めて聴いたものはオルガンとギター、歌の演奏で、フラメンコ音楽を思い出させる雰囲気はあるものの、情熱さや抑揚はあまりないようでした。

ライブというと聞こえがいいけれど、演奏家たちの表情や身体の動きのなさは、まるで音楽のテストを人前でやらされているみたいでした。(ぜんぜんうまい描写ではないけれど、そのとき思ったこと。)





(6)人工衛星

海沿いの小さな街だったので、星がよく見えました。

最初と最後の夜、友人とイスをひっぱり出してきて夜空を眺めました。

人生初めての流れ星も、ここで観ることができました。

だけど、真っ暗な空に人工衛星をいくつも見ることができたのは、ギリシャ初夜に流れ星が見えたことよりもキセキかもしれない。

なぜなら「スプートニク」とは、世界で初めて打ち上げられた人工衛星の名前だからです。


Norway
(これはノルウェイ。夜空を載せたかっただけ。)


おわりに

わたしはイギリスの大学に行っており、毎夏帰国するたびに30冊ほどの本を読みます。

その中から、お気に入りの本を2冊くらい持ってイギリスに戻ってきていたのですが、今年の1冊が「スプートニクの恋人」だったんです。

(もう一冊はなぜか「人間失格」、昨年の2冊は「ノルウェイの森」上下巻。)




Sputnik Sweetheart
Haruki Murakami
Vintage
2002-10-03


Amazonで検索しましたが、電子書籍はありませんでした。

日本の本屋から遠く離れたイギリスで持っていた【ムラカミ】がこの1冊だったため、会えない人ほど想いをつのらせてしまうかのように村上作品に対しての想いを多少こじらせているかもしれません。

自分をハルキストと名乗るには、まだまだ読んでいない作品がたくさんあります。


ジャック・ケルアックのくだりは「スプートニクの恋人」のタイトルの由来にもなっています。

スクロール版 オン・ザ・ロード
ジャック・ケルアック
河出書房新社
2010-06-11




ちなみに読書ではなく旅をしたくなってしまったあなたへ、わたしの行ったケファロニア島はここ。

Kefalonia


日本からがんばって行ってみてください。(投げやり)

ケファロニアじゃなくとも、衝動で特にたいした理由もなく行く旅って楽しいですよね!





旅レポだかブックレビューだかわからないような長文を読んでくださりありがとうございました。

「スプートニクの恋人」ぜひ読んでみてください。