「世界に出て視野が広がる」ってなによ?という話の、第二弾。


 

わたしは日本で高校まで通い、イギリスの大学に進学しました。

そこで4年間を過ごしましたが、特に最後の年に思うことがいろいろあり、それを今回まとめました。おそらく数ヶ月後の自分には書けません。


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端的にまとめれば「外国で人種的マイノリティとして違う文化圏で勉強をした」ということなのですが、3項目に分けました。

  1. 当たり前が崩れた

    >>「世界に出て視野が広がる」ってどういうこと?4年間のイギリス生活を終えて ①
     
  2. 社会的に弱くなりがち、内向きになりがちな人の気持ちを少し知ることができた。
  3. 勉強の楽しさ、本質を知った

これだけ見たら、もしかしたら留学なんてしていなくても想像がつくことかもしれません。

だけどこれは留学直後のわたしにしか書けなかったし、留学前の自分に読ませてもピンときたかどうかわからないようなことばかりです。



今回は、上記の2番目のことについて書きます。

社会的に弱くなりがち、内向きになりがちな人の気持ちを少し知ることができた。


わたしは、自分で言っちゃいますがイケイケの学校生活を送っていました。

小学校のときから、クラスでの影響力もそこそこあり、委員会やリーダーのような役割も好んでやっていました。

県でトップの公立高校に通って、ピアスに茶髪に、ピンクとか紫のカーディガン。

中高では数え切れないほど告白されて、女子とケンカもして、体育祭や文化祭ではダンスのリーダーをやって、行事大好き、クラス大好き、部員大好き。


なんでもそこそこ上手くいってました。

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イギリスに行って、自信を喪失することの惨めさを知り、悩みながらも言葉に吐き出し最初は乗り越えつつありました。

4年間というタイムリミットの中で、最初の3年半はまだがんばろうって希望もありました。

だけど最後の年に、英語がいつまでも完璧にはなれず、「やっぱりイギリス人にはなれないんだ」と気がつきました。

自分がアジア人であることを強く意識するできごともいくつかありました。

居心地の悪さは「自分がイギリス人でないこと」ではなく自分の自信のなさが作り出していることも多々あります。

その証拠に、英語が完璧でなくても、みんなに愛されている人はいたから。


だけどやっぱりイギリスはとっつきにくい国です。


社会の中で弱くなりがちな人の立場に、多少なりとも置かれたことで、何かに気がついた。


そしてそれはわたしがこれから社会に出て生きて行く中で、早くはなかったけれど遅くもなかったんじゃないかと思っていて、気がつかずにいたら怖かったようなことです。


【サッカー部】



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最終学年でイギリス人濃度の高いサッカー部に入り、「自分ってまだこんなに英語できなかったんだ」と気がつきました。

遠征試合のときは、試合よりもバス移動や更衣室にいる時間が不安でした。

何をするか決められている時間よりも、みんなが自由にくつろいで、気の合う人とダベっているような時間。

誰と何を話せば良いのかわからないから。


そして何かイベントがあれば、一緒に会場まで行けるような友達に声をかけるのに一生懸命でした。


チームメイト20人とクロアチア旅行に行ったときは、イギリス英語の中で居心地が悪すぎて、3日目には大学にいる友達に電話していました。


「この人たちは生まれた時から英語しかしゃべってないんだ」

「自分がアジア人の顔じゃなければもっと話しかけやすかったかもしれない」


間違いを犯したくなくて、言いたいことも言えず、やりたいこともやれず、ふざけたいときにもふざけられず、黙ってみんなについていくしかありませんでした。


クロアチア旅行で自分らしさを取り戻せたのは、唯一の非ネイティブ仲間のベルギー人と話しているときと、酔っ払っているときだけでした。

緊張がいらないからです。


かっこいいチームメイトの女の子たちに憧れがあって、頑張りすぎてしまっていたんだと思います。



そんな中で、小・中・高と「学校行事大好き」だったわたしもようやく気がついたのです。

もしかしたら今まで過ごしてきたクラスにも、行事が嫌でたまらない、居心地悪くて帰りたい、そういうふうに思っていた人たちがいたんじゃないかと。


ここでわたしが思いを馳せたのは、「アンチ」というわかりやすい形でなくて、ひっそりと苦しさを押し殺し、クラスで決まったことに従っていたような人のこと。

具体的な顔はなく、いたんじゃないかというただのイメージです。



サッカー部は楽しくもあり、苦しさもありました。

こちらにも詳しく書いています。

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【バイト】

わたしは大学のカフェで2年間アルバイトをしていました。

わたしの作るラテミルクはお客さんにも評判が良かったのですが、「自信がなさそう」とバイトリーダーも落とされたような、ただのバリスタでした。

バイト先自体は好きで、コーヒーづくりは好きだし、お客さんやスタッフとしゃべれると楽しいし、学年末には「ハードワーカー賞」に選ばれたこともありました。


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でもここは、居場所ではあったけれど居心地を作り出すことはできませんでした。

スタッフでの飲み会に行かなくても誰にも疑問を持たれないような。

やっぱりイギリス人の多いところでは、会話が得意ではありませんでした。



そしてそのせいか、生徒の減った夏季のヒマな大掃除期になると、掃除がわたしにばかり回ってきていたのです。


ゴミ箱の中とか、

壁とか、

床のシミ取りとか。


わたしがカウンターで飲み物を作っていて、他のブロンドイギリス女子がペチャクチャおしゃべりをしていても、掃除はわたしに声をかけるのです。

最初は順番にやっているようだったので「いいか」と思っていたけれど、わたしがいるときに他の人がそういう大掛かりな掃除をしているのを見たことがなくて、だんだんモヤモヤとしてきました。


恐らくあからさまにナメられていたというよりは、存在的にみんなのやりたくないようなことを「頼みやすい」「頼んでもいいだろう」というスタッフの1人だったのです。

アジア人だし、会話にそんなに入ってこないし、まぁ、いいんじゃない。というような。


イギリス人もよく気をつかう人種なので、命令口調とかではなく、

「すっごくすっごく申し訳ないんだけど、ここをこう掃除してくれるとすっごく助かる… ここの掃除リストにあるからさ…」

みたいな回りくどさでお願いしてくれるわけです。



それで後から「めちゃキレイになった!ありがとう!」

と大げさに言われると、ナメられてるな…と思ってましたが。


やっぱりアジア人だからかなぁと考えずにいられませんでしたねー。

他のコミュニティを見渡して、バイト先だとわたしはあんな感じの存在なのかなぁ… と我が身と重ねてみたり。

本当はバイト辞めた直後に書けば当時の憤りがもっとあったんだろうけれども、モヤモヤという形で記しておきます。

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(卒業式の日に挨拶に行きました。)
 


【リアルワールドではないイギリス】

文字でこう書くとこんなに自信がなさそうなのですが、大学でもわたしは「友達の多い人」と常に思われていました。

誰かと歩いていれば、必ず別の誰かに出会って、手を振ったり立ち話をしたり。

色々なサークルに入っていたし、パーティで出会った人のつながりや日本人コミュニティもあり、挨拶をするだけの友達は確かにたくさんいました。

でも、それだけ。


しかし他人から見たらそれで十分で、わたしと近しかったイギリス人はわたしに

友達がいないことがどんなにつらいことか、あなたには絶対わからない。

今までだって、望むものすべてを手に入れてきたんだろう」

というようなことを言いました。


彼は高校生時代、「いわゆる人気のないグループ(彼の言葉)」にいました。

「人気のない人の寄せ集め。そのうちの何人かは鬱で、大学に行った人はそのグループからも俺ひとり。」

未だに交流のある高校時代の友人は、一人くらいしかいないようでした。


わたしは、サッカー部で友達探しに奔走している話をしました。

「そういう気持ちが、今とてもよくわかる」と。


でも、彼は首を振ります。

「言い方は悪いけれど、あなたにとってここはリアルワールドじゃない。

4年間だけやってきて、勉強しにきた国だ。

この1年が終われば、あなたはリアルワールドに帰る。そこには友達がたくさんいる。

だけど俺にとっては、ここがリアルワールド。

帰る場所はどこにもないし、今いる友達を失ったらそれで終わりだ。」



極端に言えば、イギリスにいれば「日本人だ」という理由だけで日本人と仲良くなることもできます。

だけどイギリスにいる友達のいないイギリス人は、イギリス人だからと言って誰かと近づくことは難しい。



そういう意味で、わたしはやっぱり、本当の意味で「ひとり」を体験していない。

だけどそれを心から恐れているので、例えば(ほぼ)ひとりで来た免許合宿でも「ひとり」を全力で回避しようと色々な人に話しかけています。

「孤独」になりそうな人がいれば手を差し伸べたいとも思っているけれど、これは綺麗事な可能性がある。


おわりに



イギリスで日本人といることは本当はとても楽しいのだけど、なにかしらの葛藤もありました。

(それを捨てたときに、完全にリラックスできたわけですが。)

英語ではリラックスしたいとなかなか思えなくて、友達と日常で待ち合わせして図書館やカフェに行くことなどをわりと面倒くさがっていたので、大学で「ベストフレンド」と呼べる人はなかなかできませんでした。

今まで人間関係にもそこまで苦労したことがなかっただけに、イギリス留学はある種コンプレックスとして残るような気がしています。



ただし、いま日本で友達もいないまま免許合宿に来て、人に話しかけるのラクショーって思っている。

おそらく自分に自信があるから。

つまり日本に帰って来てさらに強者の側になってしまったんじゃないかと。


それが一つ懸念です。

だけど、自分が「1人」だった数時間のことを忘れたくない。

2週間ひとりでポツンとしていることはかなりキツイに違いないと、押し付けもあるけれど思い込んでいるので、そういう人には一言でいいから積極的に話しかけられるような人でありたい。


誰もが学校が好きで学校行事が大好きだったわけじゃない。

わたしにとっては未だに想像もつかないことだけれど、少なからずいた(いる)んだろうという思いは巡らせられるようになりました。


そんなことやこんなことも、「視野が広がったこと」の大事な大事な一つです。