ついつい、他の人より頑張ってるアピールをしてしまう。

ついつい、異国で頑張ってるアピールをしてしまう。




1年生や2年生のときはひどかったです。

他の日本人と一緒にされたくない。

一緒だと思ってほしくない。

自分が1番充実している。



「一緒にしてほしくない」からそれを相手に見せつけなきゃいけないわけです。

自分はこんなに成績も良くて、イベントにも出て、バイトもあって、忙しくて、日本人ともあんまり一緒にいない。



自分がこうだと、人も嫌味っぽくなります。

当たり前。

ダイレクトに「ここが嫌いだ」と言われたことはないけれど。



わたしは自分がそうなっていることにも自分でわかっているから、反省するんです。

そんな自分が良くないってことにも気づいてました。

だって自慢話が好きな人はいないし。


でも、それが少し収まってからも、海外にいるとやっぱり日本にいる人に「自慢」しないのは難しい。 

ある年の7月のツイート。



かっこいい自分見せるよりカッコ悪い自分見せたいとおもうけど、カッコつけちゃうよねぇえ。

カッコつけてる自分がカッコ悪いのは分かってる。
 



(「かっこ」とか「カッコ」とか、なんとなくニュアンスがあるのでそのままにしています。不注意な変換ではないです。)




でも、だんだん考えるようになりました。

人と話していてどういうときに「あ、この人好きだな」って思うか。



人の文章を読みながら、

カッコ悪くてあまり言いたくないようなことを赤裸々に言ってしまっている人の方が

親近感がわくし、その人にネガティブなイメージは持たない

ってことに気がついたんです。



反対に、例えば人の目を意識して何かしらをアピールをしたTweetって、

書き方とか内容がちょっとかっこつけていれば人はそうやって受け取るし、

自分でもそう書いてるってどこかでわかっている。


つまりバレバレなんです。
 


自分がそれを少しでも意識してしゃべれば、自分がなにかをアピールしたくて言った発言だってことは少なくとも自分がわかっている。


かっこつけてる方がカッコ悪くて、

かっこつけない方がカッコいい。


そう思いました。


弱みを全てさらすことで親近感や人間らしさを感じてもらった方が、距離が近くなれると思いました。 

身の回りの人とも、文章を読んでくれる人とも。





留学先で、特に日本人との関係で悩む人もいます。

それで、「なんで海外にまできてこんなことで悩まなきゃいけないんだ!」って葛藤もします。

 

「比べちゃう」っていうのは「日本人」っていう共通点があるからです。



自分が一歩前に出たかったり、

「一歩前に出ている」ということを知らしめしたかったり、

異国での不安と葛藤だったり。



そのときに、カッコ悪くなる勇気もいるかもしれません。


そしたら、「やなやつだな」と思っていた人と助け合えたり、

逆に適度に距離を置けたり、何か問題が解決するといいなと思ってます。
 



 

今回この記事を書いたのは、「カッコつけない」の意味をだんだん履き違えそうになる自分に歯止めをかけるためです。



過去の自分を「意識高い系だった」って揶揄して飲み会の記事を書いたり、

このブログのタイトルに「かっこつけない」ってつけたりして、

カッコ悪くかっこつけてた自分、頑張ってた自分を否定してはいけないなと考えたんです。



「かっこつけないブログ」っていうのは、「自慢話じゃない」ってだけではない。


「かっこつけない」っていうのは、

頑張らないんじゃなくて、

力を抜くだけじゃなくて、

笑われ者になるだけじゃなくて、

素直になる、人の背中を押す、意見や気持ちを伝える、

その部分は忘れてはいけないんだと思い出しました。



頑張ってる人、自分を伝えている人 のブログやTwitter、Youtubeを見て思い直したことです。



それこそ頑張ってる人を「カッコ悪い」と見下し、

力抜いて生きてる方がカッコいいみたいな思想になるところでした。


ただのおちゃらけたブログになってしまう。




伝えたいから伝える、自分の経験が人のためになるように残す、自分の生き方に興味を持ってもらう。

そんな生き方をして、そんなブログにしていきたいです。