卒論がやばすぎて、今日も図書館に12時間




大晦日、1月1日含めて年末年始が、3年生になって 一番勉強していると思います。 



ちなみにこっちの「卒論」を 

日本人学生の間では 誰も卒論とは呼ばず、 

 Dissertation を略して ディサテ と呼んでいます。 


誰がこんなダサい略称を 

生み出したのかわかりませんが 

代々受け継がれてきた呼び名なのでしょう。 



 

(ダサくない写真を載せておきます。)


  
年始早々こうして夜中まで図書館漬けなのも 3回目。 

今日も夜ご飯食べてないし。 



ブラック企業でも働けちゃうんじゃないかと 

おもっちゃいます。 


図書館に最大27時間いたことあるけど、 

ブラックと言われるところは

いうてそんなもんじゃないんでしょうね… 



社会的責任が高いのはもちろん、

お金を頂き、上司や顧客という

社会関係のある企業だと思うんですが、


卒論ってほんとに自己責任度が高いのよね。



個人の卒論なんてほんと社会的にはどうでもいい、

手を抜くも疲弊するもどんなトピックにするも

全部自分の裁量とどれだけ満足したいか


結局のところ自分の点数知識にしかならず、

教授だって尻ひっぱたいてくれるわけじゃない。



でも、どうしても知りたい

ってことを、どうにかして知る、

その機会を提供されているのが大学で、

それだけに時間が使えるのが大学生



だから、わたしにとって、

イギリスまで来て4年間も真っ直ぐひたすら

貧困とかフードインセキュリティを勉強して、

Convincing じゃない と言われただけでは諦められない。


(※Convincing…説得力のある。

理論的に、論理的にってことかな)



6週間ボランティアしたフードバンクで、

あなたの研究がこの団体のメリットにはならないから

と言われてデータ集められなかっただけでは諦められない。



知欲を阻まれたことが

こんなに悔しかったことはなかった。



先行データがないし、リサーチもできないから

「アメリカのフードインセキュリティ」でも

「日本の貧困」でも良かったし楽だったけど、

どうしても「日本のフードインセキュリティ

についてやりたくて、でもデータなくて、

頭もなかなかロジカルに働かなくて。



(※飢餓はフードインセキュリティの狭義。

お金なくてジャンクフードばっかりで太ってるのも

フードインセキュリティには含まれる)



でも


「日本のフードインセキュリティの人数600万人なんて

フードバンクの理事長が適当に言ってるだけで

なんの学術的バックアップもない」と言われたら

どうにかしてでも知りたいでしょう???



というわけで卒論のトピック

掘り下げるのに半年かかりました

教授にあくびされながら。

学部にもフードバンクにも

一次データ使用却下されながら。



あと2ヶ月しかないけど、

明日もし教授と話せれば

これでやってみようというのが

今日できました。



6月にはできてなきゃいけなかったのに、もう1月。



やるもやらぬも自分次第。

いい点取るも取らぬも自分次第。

誰のためでもなく、自分のため。


そういう意味で、

睡眠や仕事のオーダーとの戦いではなく

自分とデータとの戦い。


良い大学生活を送れているなぁと思うのです。



逆に、大学でしか得られないものを

得ていなかったら、

大学でも会社でも自分にやりたいことがなかったら、

本当にもったいないなあ。



遠回りしましたが、

卒論前の大学生の頑張りは、自己責任、

「働かされてる」人の徹夜は社会的責任、

というのが、とってつけたようなコンクルージョン。


過労死も犯罪も貧困も虐待も、

ぜんぶ自己責任と言うのではなくて

社会的責任の要素が複雑に絡まり合ってるというのが持論です。



だから、というのは後付けだけど、

研究対象を愛している社員の多そうな、

いい仕事をするかしないかは自己責任だ!

みたいなユーグレナに行こうとしている今日この頃。



わたしの卒論、うまくいきますように。